チャフチャカン湖
春が駆け抜けた緑の平原から望むクンルン山脈―ミーラン人は南部高地と呼ぶらしいが―は未だ雪の衣に包まれ、そこから流れ出す白く清らかなイリ河は<大いなる水>チャフチャカン湖へ注いでいた。湖に寄り添うように群がる家々はチャカン村と呼ばれ、ひとたび掘り返せば塩が吹き出る大地に唯一人が住む場所でもあった。村の人々は葦を組んだだけの粗末な家に住み、草だけは豊かに育つこの平原に馬や羊、山羊などを放していた。夏の間湖の北で過ごす彼らは、冬になると卵型の湖をぐるりと半周して河口の湿地帯まで南下する。それは厳しい冬ではすべてが凍り付いてしまい、湖に大きく口を開けるイリ河に緑の名残りを残すのみだったからだ。それに穏やかだが、確実に流れるイリ河には塩辛いチャフチャカン湖と違い、多くの淡水魚が住んでいる。チャカン村の人々は時折、葦舟を浮かべ、泥臭いが大事な食料を取って生活の足しにしていた。
このチャカン村へやってくるような物好き人間は滅多にいないが、厳しい冬が終わり、短い春の祭りが行われると、窓から入る春風のように南のバートルから多くの商人がやってくる。彼らの大半は毛皮商で、それに金物商、織物商が混じっていた。お目当ては冬眠明けで眠そうに穴倉から出てくる野うさぎやテン―これが実に高価なのだが―の毛皮、よく肥えた羊の毛であった。その代金として、商人たちはナイフや鍋などの鉄製品を置いてゆく。チャカン村の人々にはそれが不思議でしょうがなかった。平原に行けばいくらでも取れる―むしろ邪魔にさえもなる―ものをなかなか壊れない、いい物と交換してくれるのだろう、と。それはバートルの抜け目ない商人たちも同じで、どうして安っぽい鍋と家が一軒建てられるほど高いテンの毛皮と交換してくれるのかが、全くわからなかった。ただ、両者はお互いにあざけ笑っているものの、決して口には出さずにいた。
エーデルワイスの花びらがイリ河の流れにその身を寄せる頃、黒くしなやかな髪を肩までたらした少女が青と緑の空間を―時に所々ぬかるんだ土を飛び越しながら―歩いていた。白く肉付きの良い腕には大事そうに鍋と真鍮の器が抱えられて、草原の民なら誰でも知っている「クンルン賛歌」を楽しそうに口ずさんでいた。簡単な言葉の羅列はとても詩人が作ったとはいえないものだが、単調なリズムで歌いやすく、気分を高揚させるにはいい曲だった。ごわごわした白いフェルトのシャツをはらまし、赤地のスカートが揺れる様は一輪のエーデルワイスを思わせる。岸辺に到着すると、澄んだ水に吹き溜まりのように溜まった花びらを払い、洗い物を始めた。だいぶ使い込んだらしく、ボコボコに痛んだ鍋を少女はまるで赤ん坊を洗うように洗った。
「クンルン賛歌」が終盤に差し掛かったとき、岸辺に一枚の痛んだエーデルワイスが流れ込んできた。だが、痛んだ部分は黄ばんでいるばかりでなく、黒光りした深紅の縁取りがなされていた。その時、静かに流れていた歌が――止まった。やがて、嗚咽のような声が辺りに響きわるが、それは少女が恐怖のあまりに出した精一杯の叫びだった。
白く清らかなイリ河。湖と河口は未だクンルン山脈の雪のようだったが、やがてくすんだ白になり、ついには朱色となってその源の方向へ続いていた。黒ずんだ朱色に浮かぶエーデルワイスの白い花びらがゆっくりと滑ったイリ河に沈んでいった。
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