イリ河畔の会戦 ~サルマノフ城にて~
「では、これで各人よろしいかな?」
立派なヒゲと立派な太鼓腹を持つ中年男が言った。それに続いて、鋼鉄の甲冑に身を包まれた将軍うなずいた。ひょろひょろっと飛び出た蒙古ヒゲととんがり帽子が特徴的な男もうなずくと、
「さすが、サマーノフ司教殿、教養が違いますな。」と、少々皮肉を込めて言った。
その後ろでは立派な甲冑に身を包んだ年の若い男がつまらなそうにローマ風の柱に寄りかかっていた。時々、あくびをあげながら黙って目の前の大人たちが論じる「作戦」を聞いていた。
「それはどういうことかな?アルプ殿。」
将軍がとんがり帽子のアルプに言った。すると、今度は少々高揚した顔で彼は話だした。
「ロマヌス将軍、相手は我々の戦ったことのない未知の敵ですぞ?それなのにこれまでの山賊狩り作戦の踏襲といかがなものかと存ずる。」
司教はしばらく自慢のひげをなでたかと思うと、急に肩をクイっとあげて太鼓腹をぽんっと叩いた。
「彼らが山賊なのにかわりないでしょう?」
「あははははは」
後ろでつまらなそうにしていた若い男が急に笑い出した。
「ほら、王子もそんなのは論外だとお笑いになられたではないか。」
司教はその急な来客をうまく自分の味方にさせたが、実際、その王子が笑ったのは単にサマーノフ司教の腹が揺れる様が愉快だったからである。しばらくの沈黙のあと、ロマヌス将軍が話しを元に戻そうと話を切り出した。
「それにアルプ殿、今更作戦を練り直すとして、時間の無駄ではないでしょうか?」
「…。」
アルプが蒙古ヒゲをいじっていた手を離し、何かをしゃべろうとしたとき、
「王様のおなーりー。」
アルプはまたヒゲをいじりだし、横列の席に座った。
「サマーノフ司教、作戦はどうなった?」
王は大儀そうにいった。
「はい、満場一致にて決まりましてございます。」
アルプが大きく鼻から息を吐いたが、司教は気にしなかった。
「うむ、今回の戦いでは余は前線で戦いたいと思う。」
王は珍しくやる気のようだ。そう感じ取ったロマヌス将軍が王の前に躍り出た。
「では、わが鋼鉄騎士団を率いなさいませ、王の勇姿を見れば、皆の士気があがりましょう。」
王はゆっくり満足そうに頷いた。「では、」という感じに司教が立ち上がった。
「王が中央の騎士団を率いられるなら、テオドロス王子は後衛をお願いいたします。」
全員がテオドロスの方を見ると、王子はあくびで答えた。少し拍子抜けだったが、王は立ち上がり、
「皆のもの、戦の仕度じゃ!」といって、意気揚々と自分の部屋へ帰っていった。
「どんな作戦だったの?」
さらさらとした黒髪の女の子がたずねた。
「はっはっはっは、大した作戦ではないんじゃよ。戦いの作戦というより、むしろ戦いの『あと』の作戦だったんじゃ。どんなものは盗んでいいとか、盗む時間とかのぉ。肝心の戦いの作戦は立てなくても勝てると信じ込んでいたんじゃ。」
老人は馬頭琴の弦がまだ持つか確認しながら語った。
「じゃあ、負けちゃったの?」
今度はくりくりした瞳の男の子が心配そうに言った。
「結果はのぉ、確かにそうなってしまったんじゃ。まぁ、これからのお話をよく聞きなさい。そうすれば、なぜミーラン王国の騎士団が負けてしまったか、我らの祖先のアルプ様が、どのようになさったか、わかるじゃろう。」
老人はまた馬頭琴を響かせる。今度は激しく、荒々しい弾き方だった。
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