釈放 ― 敗走
幾重にも重なる死体の脇を蟻のように這いずり回る男たち。
彼らは金になる鎧や剣、お守りをまだ暖かい屍から頂戴していた。
取りやすいように腕を裂く者、首をはねる者―。
イリ河はその白く穢れない流れを犯され、今ではもう血の河と化していた。
「余をどうするつもりだ…」
河畔の大きな丘には豪華な鎧、剣、髪飾りはすべて取り払われ、まさに乞食のような格好をした一人の人間がいた。彼こそ、100年の歴史を誇るミーラン王国国王、ブルガール1世その人である。
僧侶のように坊主頭をした男が高座の上で座禅を組んでいる老人になにやらささやいている。すると、突然、
「duanduam!mxuanjahdue!」
呪文のように放たれたその言葉は国王には理解不能だった。しかし、この言葉を発した人物がパミール族の長らしい。皆この人物に対してだけ、五体倒地をするのだ。
「フン、牛のような声を出しおって…」王はつぶやいた。
ッシャ!
ねずみ色の男の腰から放たれるマチュテの幅広な刃の怪しい光。
――キラレル
直感的に王は感じた。…だが、
…ブチブチブチ
なんと、ねずみ色の男は王を拘束していた縄を切ってしまった。あまりにも予想に反した行動だったため、王は唖然としてねずみ色の男を見つめた。すると、
「…どうぞ、こちらへ。ミーラン王よ」
パミール族の長が言った。王は言われるがまま、長が進める高座に腰掛けた。そこにはクッションまで置いてあり、王が充分にくつろげるよう配慮されている。
「しかし、いや、どうして…」
動揺を隠し切れないミーラン王ブルガール1世。そんなブルガール1世に長は静かにささやいた。
「王は王を殺しません」
そういったあと、長はにかっと笑った。しかし、ブルガール1世にとってその笑みほど恐い者はなかった。
「な、なにが望みだ!」 孤独なミーラン王は立ち上がった。
長はなおも笑みを絶やさないずに、
「和平」 と、だけ言った。これに孤独王は声を荒げた。
「余は散々貴様に使者を送った!『和平』のな!今更『和平』?っは!笑わせてくれる!」
そういって後ろを振り向いた。そこでブルガール1世は一生忘れられない光景を見る。
パミール族、全員がこちらを睨んでいた。緑色の草原に立つ褐色の人種が獣のような目つきで睨んでいた。更に不気味なことに手には赤黒く光るマチュテを握っていた。
ブルガール1世は再びゆっくりと振り返った。高座の笑顔はまだ絶えていない。
「サルマノフ城、および周辺の砦、領地を我らにお預けなさらぬか?」
まだ、絶えない。何度も言うが、今のブルガール1世にはあのマチュテの刃よりもこの笑顔の方がずっと恐ろしいものだった。
「…………和平は成立だ。長よ」
長の笑顔が消えた。そして、高座を立ち上がった。
「xsnuo!amdieoi!xnsuanudieu!」 (民よ!住む場所だ!ここが住む場所だ!)
その瞬間、パミール族から大歓声が沸きあがった。皆、それぞれのマチュテを天高く掲げ、
「アラル!!アラル!!」 (万歳!!万歳!!)
と、叫んだ。
高座に再び腰を下ろしたパミール族の長は横にいた坊主頭の男に耳打ちした。すると、今度は乱暴にブルガール1世を高座から引き落とし、戦場になった方とは逆の方に丘を下っていった。そこにはいくつもの荷台が置かれ、サイがたむろしていた。
「今度はどうするつもりだ!」 王は叫んだ。
「こっから出て行ってもらう!」 坊主頭が答えた。
荷台を警護のパミール族の兵が気がつき、2人が駆け寄ってきた。
「xisoaunxisanuildsna」 (こいつの頭と体を押さえつけろ)
王は屈強な男子に羽交い絞めにされた。
「な、なにをする!殺す気だな!?」 孤独なミーラン王は必死にもがく。
坊主頭はどこから持ってきたのか、特大の針を手にしていた。
「dbui!albduialnb!」 (こら!動くな!)
兵士の叫びが聞いたのか、王はピタリと動きを止めた。それを待っていましたとばかりに、特大の針が王の耳を貫いた。
「ああああああああああああ!!!!」 孤独なミーラン王は悶絶する。
坊主頭は穴が開くと、すかさず石の輪を耳に通し、ピアスをさせた。奴隷の印がブルガール1世に刻まれる。
「慣習だ」 坊主頭は言い放った。
倒れこもうとするミーラン王を抱きかかえ、更に荷台の奥へ進んだ。すると、そこには一匹の馬がいた。
「乗れ」
ミーラン王はすがるように馬に乗り込み、走らせた。耳の痛みなど忘れ、ただ駆けた。
落ち行く太陽もブルガール1世の目には入らない。
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