2005年8月22日 (月)

魔鬼城――バートル

かつて、草原の南にあるマラガ盆地にはあらゆる知識と芸術が栄えた古代都市があった。しかし、すべてが炎に没し、今は赤い岩石が覆う不毛の地となった。この地を後の商人たちはこう読んだ。魔鬼城。悪魔たちが住まう城、と。

 

 おお 雁よ その美しい翼を魔鬼城へむけるな

 おお 雁よ その勇ましい姿をもう一度見せておくれ

 

ゲルの入口には村の大人たちも覗いている。普段、緑の大地と白い羊ばかりしかみない彼らにとって久々の娯楽なのだ。

「この歌はな、その昔、ジュンガルたちが魔鬼城へ行くのを嘆く歌なのじゃ。雁はジュンガルの守護動物じゃからな。みな不安じゃった。先が見えない闇の中、あのお方だけが光じゃったのだから…。」

 

話は少しさかのぼる。炎の7日間を終え、60年が過ぎようとしていたころ、人々は再びかの地へ舞い戻る機運が高まった。それは、望郷の念からなのか、耕地の不足だったのか、ミーラン王紀には書かれていない。だが、とにかく旧時代の人々が都市を作り出したのは事実であった。その都市が礎となり、ミーラン王国の首都、バートルとなった。

そして、更に40年の月日が経ち、ブルガール1世の治世。ミーラン王国は絶頂期を迎える。しかし、絶頂期という時代ほど、人々の不安が噴出す時代はないものだ。南の山岳民パミール族は背後のバスク山脈の氷河を恐れて、次々に下山していた。もともと耕地が少ないマラガ盆地ところに大勢の人間が押し寄せたのだ。当然、なにも起きないはずがなかった。パミール族は食べ物を得るためならなんでも行った。略奪、殺人、焼き討ち…。ミーランの民から見れば、ただの山賊にしか映らなかった。この事態に、ブルガール1世は強硬な手段にでる。力でパミール族をねじ伏せようとしたのである。だが、この行動は失敗に終わる。

冬の気配が近づく9月下旬、首都バートル南方60キロの地点で会戦が起こる。後にこの戦いはイリ河畔の会戦と呼ばれることとなる。ブルガール1世率いるミーラン王国が誇る鋼鉄騎士団を含め、総勢3万。対するパミール族は約2万、うち戦闘用のサイが500頭余。

この戦いは1日のうちに勝敗がはっきりした。勝ったのは――パミール族である。元々、山岳で育ったパミール族は肉体も強靭であり、硬いサイの皮で鎧(鉄のやじりをも跳ね返してしまう)を作っていた。だが、なにより戦闘用のサイが勝敗を決めた。サイの上に台を取り付け、ひとりは操縦、もうひとりが弓、または槍で戦うように仕組まれていた。サイの突撃力、機動力を生かしたこの戦法はブルガール1世率いる鋼鉄で固めた騎士団をも散々に蹴散らされた。この戦いで王国の軍隊の3分の1が戦死するという大敗北をきしてしまった。

無残な姿で首都に到着した王は傭兵を募集を始めた。その対象は主に北に住む騎馬民族、商人たちが山脈を越えて連れてくる種々の①半奴隷民だった。更に王は軍の早急に立て直すために後々にまで波紋を呼ぶ法令が発表された。

車輪法。

そう呼ばれたこの法令は少年兵、つまり馬車にしようする車輪よりも大きい人間に対して従軍の義務を負う、というものだった。

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①半奴隷民…戦争で捕虜にした民間人。3回の労役をすることで自由の身になれる。対して、奴隷民は戦争で捕虜にした兵士。ミーラン王国では鉱山など重労働を強いられ、一生自由にはなれない。

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2005年8月18日 (木)

馬頭琴

マラガ盆地から北へ行くと、そこは透き通る青と緑の空間。初夏を告げるさわやかな風がみずみずしい草原を駆けていった。その風はいくつもの丘を越え、湖のほとりにある谷にたどり着いた。空高くある真綿のような雲。それを鏡に照らしたように、草原には羊が群れていた。羊の群れの中に4つほど白いテントが張っある。

ゲルと呼ばれるこの建物のひとつには20人ほどの少年少女が集まっていた。皆、様々に色がつけられた羊毛のマントを羽織り、その顔はモンゴル系も白人系もいるかと思えば、そのどちらともつかないような全くの中間、長い年月をかけて混血したろう顔もしばしば見える。

そして、その黒山の中心には雪山がひとつ。真っ白なヒゲを蓄えた老人が見慣れない楽器を片手に語っていた。

 

それはそれは大きな砂嵐

大きく 高く舞い上がる

高く 高く舞い上がる

やがて 砂は天の火も覆いつくす

目も覆いつくす

仲間も覆い ラクダも覆い

音はなく忍び寄る その砂嵐は恐ろしい

音もなく仲間を連れ去る その砂嵐は恐ろしい

音もなく友を埋める その砂嵐は恐ろしい

 

朗々と歌い上げる雪山には一筋の河が流れていた。河は幾筋のしわの谷を乗り越え、世界の果てへ流れ出る前に蒸発してしまった。老人は歌が一通り終わると、この歌の説明を始めた。

「ジュンガルの子らよ。これは、南のマラガ盆地の古い歌じゃ。その地で栄えた古の王国、ミーランはそのまた南の山々に住むパミール族との戦に明け暮れていた。多くのものは戦場に散ったが、砂漠で姿を消すものも少なくなかったのじゃ。彼らは砂嵐がくるとラクダに必死につかまり、ただ通り過ぎるのを待った。砂嵐が過ぎ去ったあと、隣に居た友がいなくなっていることも少なくなかったということじゃ。」

老人は悲しげな瞳を当てもなく彷徨わせたが、咳払いをして話しを元に戻した。

「諸君はまだこの世界の半分も見えていない。この草原でさえ、果てはあり、全く違う世界がその先には広がっているんだよ。草原が終わると、その先には…ただ水だけがある。」

老人の話を聞いて、鼻水をたらしたひとりの男の子がしたったらずな声をあげた。

「嘘だ!」

老人はにっこりと笑ったが、それにともなって谷が一層深く刻まれた。

「ジュンガルの子らよ。これから話す話を真実の目で見、聞きなさい。そして、心の奥深くへしまいこめ。嘘、と思う気持ちはそこから生まれても遅くはないよ。」

老人は息を深く吐くと、その鷲鼻で一気に大気を吸い込んだ。

馬の尾でできた弦を強く響かせながら、弓を巧みに操り、強弱をつける。

その音は広々とした空を思い起こさせるが、深い哀愁を誘い、その先に広がる異世界への期待感をかもし出す。少し耳を傾けたつもりでも、いつの間にかその楽器の前に立ち尽くしている自分がいるのだ。

―馬頭琴。

今はもうこの老人のみが持つ、人類最後の木製楽器である。

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